from 2004. 2.16
                                           
私が「すーちゃん」なわけ


 私、この歳になってもみんなから「すーちゃん」と呼ばれています。というより、そう仕向け
たのかもしれません。

 名前が『鈴子』。「すずこ」と読みます。間違っても「れいこ」などとは読まないようにね。
気がついたときには近所の幼なじみから「すーちゃん」と呼ばれていました。うん、これは
なかなかいいニックネームだわん、というわけで私は「すーちゃん」と自分で思い込むこと
30数年。

 でも、学生時代は旧姓の平尾にちゃんをつけて「ひらおちゃん」などと呼ばれていました。
だから今でも高校の同窓会では「ひらおちゃん」です。

 高校を卒業後、銀行に就職し、同期の女の子からはまたまた「すーちゃん」と呼ばれる
ようになりました。でも、これは何のことはありません。みんな名前を愛称で呼んだだけ
のこと。ですから、ひとりは「こずえちゃん」、もうひとりは「ゆみちゃん」です。

 結婚すると、途端に現在の姓「藤木さん」と呼ばれるようになってしまいました。
子供が生まれて、保育園に通いだすと、「たかちゃんのお母さん」「あさちゃんの
お母さん」となってしまいました。

 うーん、この辺がみんな「自分は何者なのか」と悩む時期ですね。
だけど、私は別に悩んだわけではないのです。
実は3年程前にパソコンで、いきなりインターネットを始めたのです。
カルキャッチくるめでコーディネーターとしてかかわりを持ち始めたばかりの私に
声をかけてくださったのが、シニアネット久留米で活躍しておられた
最上美枝子(ハンドルネーム・むかご)さんでした。

 わけもわからず、サポーター会員としてまだ30代の若さ(^○^)で入会した私。さっそく
メーリング・リストへの投稿に使うハンドルネームを考えなくてはならなくなり、ここで、
復活したのが、昔懐かしの「すーちゃん」だったわけです。

 どなたにも覚えていただける愛称だったためか、SNK(シニアネット久留米)での
イベントや、SIP(シニア情報プラザ)で初めてお会いする方も「すーちゃんです。」
と名乗ると、「ああ、あのすーちゃんね。」とわかってくださったり、とっても得しています。

 でも、自分のことを名乗るのに「ちゃん」という敬称をつけるのに若干の抵抗を覚え
なくはないのですが、ここのところは、みなさん目をつぶって「すーちゃん」全部が
私の愛称としてとらえてください

 というわけで、このホームページをご覧になったあなた。今日からあなたも私のことは
気軽に「すーちゃん」と読んでくださいね。

 私が「かわいいすーちゃん」(なんかこんな
歌、軍歌にありましたね)だった頃の写真を
探してきてこのページにアップしますので、
しばらくお待ちください。                                                          (2001.10.14 記)

 ようやく、スキャナーの使い方を習って、
私の自慢の1枚をアップすることができ
ました。
どうですか。いまの私と比べて。ほっそり
して、かわいくて、だーれだ「今のお前と
似ても似つかぬ。」と言ってるのは。
               
               (2002. 5. 1 記)


 40ウン回目の私の誕生日。崇弘と麻子と三人で福岡にでかけました。
そのときのデジカメレポートです。                (2001.12. 2 記)

 またまた、今年も親子3人で福岡に行って来ました。ささやかながらの私の
バースディパーティー。そのときのデジカメレポートです。  (2002.12. 2 記)

 3度目の正直にはならなかった。今年は子供達が忙しすぎた。それで、一人

寂しくバースディランチである。そのときのデジカメリポートです。 (2003.12. 2 記)

 もう、一人のバースディに慣れてしまった。だけど、家にじっとしているのは
しゃくに障るので、今年も劇団四季のミュージカルを観に行った。劇団四季で
私の一番のお気に入り、石丸幹二が主役の「異国の丘」を見て、イルミネー
ション三昧。そんな福岡でのデジカメリポートです。  (2004.12. 2 記)

 とうとう念願の日本脱出を図ることに成功。しかも私のバースディに。って、
誕生日に合わせて、旅行を計画したのだけれど。海外旅行と言っても、たった
23時間(現地滞在は7時間)という超ハードスケジュールの釜山への一人旅。
だけど、それはそれで楽しかった、初めての体験。そんなデジカメリポートです。
かなりボリュームがありますよー。                 (2005.12 2 記)