明善床屋最後の日

2005. 3.31(木)

 昭和26年に明善高校の敷地内(正確には当初は校舎内の入り口近くにいすを
並べて生徒や先生方の散髪をされていたそうだ)に開店以来54年。当初は店主
の溝上さんと奥さん、そして従業員さんの3人でフル回転していた「明善床屋」も
時の流れとともに、来店客数も減り、溝上さんがひとり店番をしていても、お客が
まったく来ない日もあるようになったとか。

 開店当時、28歳だった溝上さんも82歳となり、昨年(2004年)腰痛で一週間程
歩けなくなったことも。自分が倒れてしまう前に、そして台風でも地震でもびくと
もしなかったお店が倒れてしまわないうちに閉店を決心されたとか。お店の横に
立つ、図書館・食堂棟の大規模改装工事により、お店の前に工事用の高い塀が
立ち、利用者に不便を与えてしまうことも、閉店を決心するひとつの要因に。

 20数年前、私が学生として通っていた頃は、床屋の存在は知っていたものの、
立ち寄ったことはなかったが、息子が3年間ここでお世話になったことにより、閉
店のことを溝口さんより直接お聞きして、それなら最後に新聞に載せてもらえれ
ばと、西日本新聞社会部に勤務する友人に取材をお願いした。その記事が筑後
版ではなく、社会面に載ったことがきっかけで、朝日新聞、KBC(九州朝日放送)
TNC(テレビ西日本)などが取材に来られた。特にKBCは夕方の番組で8分ほど
の特集として放送してもらった。溝上さんにとっても最後の花道になったのでは。

 そんな溝上さんをカメラマン志望のお孫さんがずっと撮っておられた。彼にはか
なわないが、私なりにいずれなくなってしまう「明善床屋」をいろんな角度から撮
影してみた。これらの写真を見て「なつかしいなー」と思われる方がきっといらっ
しゃるであろうことを信じて・・・

明善床屋の入り口
明善床屋の入り口
このドアの向こうには、溝上さんの優しい
微笑みがいつもありました

「明善床屋」の閉店を伝える記事
(画像をクリックすると拡大画像がご覧いただけます)
西日本新聞朝刊社会面(2005. 3.18付け) 朝日新聞朝刊筑後版(2005. 3.30付け)
西日本新聞朝刊社会面(2005. 3.18付け) 朝日新聞朝刊筑後版(2005. 3.30付け)

台風にも震度5弱の地震にもびくともしなかった「明善床屋」(風雪53年?です)
入り口のすぐ横に立つびわの木 「明善床屋」の全景 奥にももう一本、びわの木が
入り口のすぐ横に立つびわの木 「明善床屋」の全景 奥にももう一本、びわの木が
(このびわの実がおいしいんです)

床屋の2階は以前、新聞部が使っていた部室がありました
階段の反対側から撮影 床屋の2階のこの部屋が新聞部の部室でした 2階へ上がる階段が腐って立ち入り禁止となっています
階段の反対側から撮影
(ここが部室の入り口でした)
床屋の2階のこの部屋が新聞部の部室でした
いつまで使っていたのだろう?
2階へ上がる階段が腐って
立ち入り禁止となっています

 ときどき「明善床屋」を訪れると、今までに新聞に掲載された記事の切り抜きが
無造作においてありました。それらの記事もご覧ください。
           .(画像をクリックすると拡大画像がご覧いただけます)
2003年の西日本新聞朝刊筑後版 1987(昭和62)年当時の新聞記事
(西日本新聞朝刊筑後版)
2003年の西日本新聞朝刊筑後版 1987(昭和62)年当時の新聞記事(新聞社名不明)

「明善床屋」最後の日(2005. 3.31)にも変わらず調髪をされる溝上さん
毎年1〜2回、埼玉県から明善床屋に調髪に来られる、昭和29年卒のYさん 毎年1〜2回、埼玉県から明善床屋に調髪に来られる、昭和29年卒のYさん
毎年1〜2回、埼玉県から明善床屋に調髪に来られる、昭和29年卒のYさん
お客さんが洗髪台の方に移動されて洗髪 髪を整えながらYさんといろんなお話を・・・
お客さんが洗髪台の方に移動されて洗髪 髪を整えながらYさんといろんなお話を・・・
最後の仕上げ ひげが伸びた方はひげも丹念に剃って
最後の仕上げ ひげが伸びた方はひげも丹念に剃って
31日の午後からはKBC(九州朝日放送)の取材があっていました 31日の午後からはKBC(九州朝日放送)の取材があっていました
31日の午後からはKBC(九州朝日放送)の取材があっていました

平成9年(1997年)9月からずっとこの料金
平成9年(1997年)9月からずっとこの料金

「明善床屋」の内部をいろいろと撮ってみました(懐かしい物も、た〜くさんあるはずです)
洗髪台 湯沸かし器と洗面器 タオルケース
洗髪台 湯沸かし器と洗面器 タオルケース
ラジカセ(これは今でも動いています) 事務室とつながっている電話機 理容師の命のハサミとひげそり
ラジカセ(これは今でも動いています) 事務室とつながっている電話機 理容師の命のハサミとひげそり
ひげ剃り用の泡立てカップとブラシ ドライヤー ブラシ
ひげ剃り用の泡立てカップとブラシ ドライヤー ブラシ
ストーブ エアコン(夏場だけ使用とのこと) 真空管ラジオ(なかなかの骨董品)
ストーブ エアコン(夏場だけ使用とのこと) 真空管ラジオ(なかなかの骨董品)
調髪液やクリーム類 柱時計(ねじを回して動かしている) 扇風機
調髪液やクリーム類 柱時計(ねじを回して動かしている) 扇風機

 「明善床屋」がそこにあるときにはなんとも思わなかったのに、
なくなると聞くと、急にどんなところだったのか確認しておきたい
と思うのが人情である。少なくとも明善高校に関係のあった人に
とっては、郷愁を誘う場所であったことは間違いない。

 それが、今年中にはたぶん取り壊されてしまうとなると、何とも
いえない寂しさが漂ってくる。

「明善床屋」の店主、溝上和夫さん   この人が「明善床屋」の店主、
 溝上和夫さん(82)。54年間に渡
 って明善高校の歴史を見つめて
 きた人である。

  明善高校の全てについていろ
 んなことをご存じである。とても
 温厚で、ここに来るとみんな生徒
 であった頃、勤務していた頃を
 思い出して、溝上さんといろんな
 ことを話していくのだと言われる。

  まだまだお元気な溝上さん。こ
 れからはパソコンにでも挑戦して
 みようかな、と言われていた。

 溝上さんのご自宅は西町にある。
ここから毎日自転車で明善高校ま
で通勤(?)されていた。

 ご自宅では奥さんと息子さんが理
髪店をなさっている。今後はこのお
店で、時々ハサミを握られるとか。

 溝上さんの優しい笑顔に会いたく
なったら、是非ご実家の「床屋さん
みぞかみ」へお出かけください。

 電話番号は
      0942-32-4287 です。